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2013年4月16日 (火)

大きな地震、再び3

淡路島で最大震度6弱を観測した地震が発生した翌日の地元新聞。紙面では1面の下に掲載され、ネット版でも掲載されている「コラム」でも当然のように前日の地震について取り上げられ、同時に県内で主に戦前に起きた地震について調査した学者の話が取り上げられていました。
まず、前日の地震については「散乱した食器、倒壊したブロック塀、地割れした運動場。昨日、淡路島付近で発生した推定マグニチュード6.3の地震。近畿地方を早朝見舞った大きな揺れに18年前の「阪神大震災」を思い出した人も多いだろう。最大震度6弱を観測し、重傷者を含むけが人が出た。気象庁は1週間程は余震に注意が必要と呼び掛けている。被害の拡大がない事を祈りたい」としています。ただ、現実を見れば別記事でも書いているように被害は建物を中心に日が経過するにつれて増えていくばかりです。
その上で「地震列島の日本で、この規模の地震は珍しくはない。記憶に新しいのは2年前、「東日本大震災」から4日後に富士宮市で震度6強を観測したM6.4の地震。1935年と1965年に静岡市付近で発生したM6級の地震は「静岡地震」の名で記録に残る」そうです。また、数年前の8月に最大震度6弱を観測して高速道路が崩壊する事態を生んだ「駿河湾沖地震」も忘れてはならず、この時に生まれて初めて体験したのが「震度4」の揺れでした。
コラムでは「1935年の「静岡地震」では後に「天災は忘れた頃にやって来る」の警句を残す事でも知られる物理学者が視察に訪れ、その5年前に県東部を襲った「北伊豆地震(M7.3)」も調査。その地震では伊豆半島の付け根の断層が動き、300人近い死者・不明者が出た」としています。「被災状況を目にして、この段階、つまり戦前の段階でより広範な被害が予想される「宝永安政タイプの大規模地震」再来に危機感を募らせていた」そうで、それは「現代の表現に直せば「南海トラフの巨大地震」」であり、後に雑誌へ発表した「視察雑感」で「為政者の間では誰も問題にする人がない」と嘆いていたそうです。

この物理学者が戦前にして予想していた「宝永安政タイプの大規模地震」は「南海トラフの巨大地震」という表現に変わり、様々な研究が新たに加わって現実味を帯びてきました。幸いにも淡路島の地震では発生しなかったので、コラムでも取り上げられていませんが、「南海トラフの巨大地震」で大きく注目されているのは地震だけでなく津波です。

先週末に起きた淡路島での地震は震源と発生時間が死者6434人を出した「阪神大震災」とほぼ同じ。民家の瓦が落ち、液状化現象もみられ、小学校では運動場が地割れをするなど、18年前の悪夢がよみがえった一方で前回の教訓を生かし、住民の多くは冷静に対応した為に大きな人的被害はなく、別記事でも書いていますが、現段階で亡くなった人は出ていません。

震源に近い淡路島では発生当日の正午現在で地震の揺れによる落下物で頭をけがしたり、窓から出ようとして足を骨折するなどのけが人情報が8件寄せられ、骨折以外は軽傷。

人的な被害は幸いにも少なかった一方で建物等の被害は大きく、淡路市では砂が地下水と共に地上に噴き出す液状化現象が発生し、地域によっては水が噴出し、数十mの範囲が水浸しとなり、中には舗装された駐車場でも車の周囲に水が溢れる被害があったそうです。また、同じ市内の「野島断層保存館」に展示している断層面には数cmから数十cmレベルで多数のひびが見つかり、ひびが以前からあったものか、今回できたものかどうかは分からないといい、今後、詳しく調べるそうです。なお、昨日の記事でも少し書いていますが「阪神大震災」では、この断層が地震を起こしたとみられています。
また、洲本市の小学校では運動場に地割れが見つかった他、敷地内の排水溝のコンクリートが崩れるなどの被害が発生。運動場の地割れは蛇行しながら20~30mに及び、最大幅約10cmの溝ができていたほか、一部では片側が10cmほど隆起してサッカーのゴールポストも傾くような状態。小学校側は「危険な箇所は立ち入り禁止にする。校舎の他にも通学路等に危険がないか手分けして調べる」と話しています。
更に同じ洲本市の公設市場では2階にある食堂の水道管が破裂して1階店舗の一部が水浸しになる被害が発生。漁港では地元漁協が新設したばかりの卸売市場の荷さばき所の地面に大きな亀裂が入り、関係者が「24日に竣工式を控えていた矢先だった。延期の可能性が高く、非常に残念」と肩を落とし、寺では囲む壁が数mにわたって崩れ、図書館では約15万冊の書籍のうち約半分が棚から落ちて床に散して急きょ休館となる事態が発生。
ある住居兼店舗では1階の店の棚に並べていた食器の一部が落ちて割れて地面に散乱し、住民の方は「トイレを済ませて2階の寝室に上がったところ、ドーンという激しい揺れが起きて、思わず尻餅をついた」。別の住居兼店舗でもコンクリートの外壁にひびが入るなどの被害が発生して住民の方は「寝ていたところ、揺れで跳び起きた。冷蔵庫が動いたり、食器棚や本棚が倒れたりした」と語っています。
他にも古い民家の屋根瓦が崩落するなどの被害が相次いで道路には落ちた瓦が積み重なり、通行を妨げる事態が発生。ある住宅では屋根瓦の半分近くがずり落ち、屋根の一部が崩れ落ちて穴が開く被害が出て「阪神大震災の時にも屋根瓦と壁の一部が落ちたが、今回の方が被害が大きい」と住民の方が話し、別の住宅でも「木造2階建ての屋根の半分がずり落ちてしまった。散歩から帰って居間にいたが、ドーンときてストーブの火が消え、家具が倒れるなどの被害が出た」と振り返ったり、「ゴミを出そうと家の中で準備をしていると揺れ始めた。タンスや冷蔵庫が揺れ始め、立っていられなくなったので机をもって中腰になった。阪神大震災の時はドンと揺れたのでもうだめかと慌てたが、その経験があったので、今回は冷静に対応できた」と落ち着いた様子で話す住民の方も。ある住宅では国道沿いで民家の石塀が道路側へ倒壊し、住民の方は「阪神大震災では縦に大きく揺れたが、今回は横にグラグラと揺れた。揺れた時間は短かったが、揺れそのものは今回の方が大きかった」。また、市役所の対策本部に詰めていた職員の方も「阪神大震災と比べれば揺れは短時間だったが、それでも大きな揺れだった。もしかして『南海トラフ地震』が来たのかとも思った」そうです。

「阪神大震災」は1995年1月17日午前5時46分に発生し、今回の地震も同じ淡路島近くが震源で発生は午前5時33分頃。時期は違えど18年前とほぼ同じ早朝の揺れに被災者らは「あの日」の恐怖がよぎる中で備えの大切さを感じていたようです。
右足に後遺症を負った「震災障害者」の方は発生当時、警備員として勤務する百貨店に泊まり、仮眠室で激しい横揺れを感じ、当時の体験から大きな柱のある場所に移動し、しゃがみ込んで耐えたそうです。 この日の地震で18年前の悪夢が脳裏をよぎり、一時はエレベーターも停止した為に階段を上り下りして被害がない事を確認し、「揺れがある度に18年前を思い出す。巨大地震に備えなければならないと感じた」と話しています。また、関西方面にも「東日本大震災」の被災者の多くが避難し、その人たちも再び大きな揺れに見舞われた訳です。宮城県で被災して神戸市で避難生活を送る方は「地震列島のどこに移り住んでも、安心できるところはないと思い知った」と振り返っています。

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コメント

あわわ
淡路島そんな大変なことに
なってるんですね(T_T)

日本は地震が多いから
明日は人事ではないって気がします。
後からの被害が
少なくなりますように…
(U人U;)

投稿: 日本マウントWEB事業部 小塩 | 2013年4月16日 (火) 11時10分

日本マウントWEB事業部 小塩様
コメントありがとうございます。
規模は違えど日本で「地震が起きない地域はない」と改めて実感するような先週末の地震でした。
特に地元は頻発地域なので油断できません。

投稿: はと | 2013年4月16日 (火) 19時10分

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